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MASAFUMI SAITO
LONG TRAIL HIKER
1973年山形県生まれ。2005年に3大トレイルのひとつアパラチアン・トレイル(U.S.A)3,500km を踏破する。この途上で日本のロングトレイルの第一人者でありバックパッカー兼作家の故加藤則芳氏と出会い、以来友好を深める。2012年会社勤めを辞めプロハイカーとしてのキャリアをスタートさせる。同年パシフィック・クレスト・トレイル(U.S.A)4,260km 踏破。2013年コンチネンタル・ディバイド・トレイル(U.S.A)4,300km 踏破。2015年テアラロア(NZ)3,000km踏破、ジョンミューア・トレイル(U.S.A)340km およびインターナショナル・アパラチアン・トレイル(U.S.A CANADA)1,200km踏破。現在は、日本で唯一のプロのロングトレイルハイカーとして故加藤氏の志を受け継ぎ、ロングトレイル文化と自然保護の普及活動を行っている。NPO法人山形ロングトレイル理事。2017年秋、ビバルマン・トラック(AUS)に挑む。

ブログ: http://longtrailhikermasa.blog.fc2.com/
B-Pal 連載記事: http://blog.bepal.net/cdt/cdt/

怪我をしない身体
という理想を求めて

ひたすら自然のなかを歩きつづけるロングトレイルは、アメリカの大自然と歴史のなかで育まれた文化です。山の「頂上をめざす」登山とは違い、自然のなかに身をおいて生態系を壊すことなく「ただ歩く」ことにこそ価値を置くもの。近年では日本各地に新しいトレイルが創設されるなど人気が高まっている印象がありますが、ようやくそんな状況を迎えているこの国で20年以上も前からその普及に努めてきたのが作家でありバックパッカーでもあった加藤則芳さんです。加藤さんは2010 年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、その後も闘病しながら執筆や講演を通じてトレイルの啓蒙に尽力され2013 年に亡くなりました。アパラチアン・トレイルで出会って以来私は加藤さんから多くのことを教えてもらいましたし、生前には想いを託されたバックパックを譲り受けました。今では加藤さんの志を受け継ぐことは必然だったようにさえ感じています。

道なき道をゆくこともある。何十キロも続く砂漠地帯を歩くことも。

カナダ国境付近からメキシコ国境付近へ。
コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)を踏破。

トレイル文化は自然保護の思想に根ざしているものですので、ハイカーがトレイルに残していいのは自分の足跡だけです。ゴミも痕跡も残しません。生きるのに必要最小限な荷物を背負って自然のなかへと入って行き、自然を壊さぬように森や山道や海岸線や砂漠を毎日毎日歩きつづけます。そんな日々のなかでは自然を愛しく、自分もまた自然の一部であることを感じます。それは「生きる」ことを実感することでもあります。大雨や嵐の危険を察知したらどうやり過ごすかを考え、熊などの動物の脅威からはその習性や生態を学ぶことで回避する。かつて人間が本来持っていたであろうそうした自然のなかでの知恵や感覚を取り戻していく感じです。最初は『旅』だったものも、数ヶ月もつづけばそれが『日常』になり、まるで自分の存在も自然に溶け込んで消えていくような感覚を覚えます。トレイルとは、つまり、音楽を愛するのと同じように、自然のなかのハイキングを愛するカルチャー。加藤さんが伝えようとしていた自然の素晴らしさ、トレイルの魅力をより多くの人に、知って頂きたいです。

怪我をしない身体
という理想を求めて

トレイルに向かう私のカラダづくりのテーマは「怪我をしない身体」ということに尽きます。自然のなかに入って行くときに背負う荷物はいつも30〜40kg程度。一般的には体重の1/3がベストと言われていますからかなり重いほうです。荷物を軽くするために、砂漠エリア通過の際にはテントは不要と考えその先の街に発送しておくという人もいるのですが、私は同じ荷物を最初から最後までずっと背負って行くスタイル。自分の体重の約半分の重さですからカラダには相当の負荷がかかります。1日に30km以上もの距離を歩くわけですが、トレイルの前半でもし足首の怪我でもすれば、次は膝が痛くなり、そして次には肩にも痛みが来て…と、ひとつの怪我が次の怪我を生みまた次へと連鎖してしまう。こうなればもはや苦行。自然を楽しむことなど全くできなくなってしまいます。

生きるために必要な最小限の荷物を背負って歩く。30キロ超もの重さの荷物を担いで。

冬にはスノーシューを履いて蔵王の森の雪原を歩く。山形の自然を楽しむのは斉藤さんの原点だ。

必要だと思う部分の強化をめざしながらも、それをパーツとして鍛えるのではなく連動したカタチで鍛えていくということは、トレーニングでいつも意識しています。身体のバランスを鍛える、ということでは、まるみつさんの『プロボード』も他にはないとてもユニークな道具だと思います。

左右の偏りがない
バランスを整える

通常は不安定なロールバーで使用されることも多いプロボードだが、
斉藤さんは「自分にはこっちの方が使いやすい」とあえて支柱を選択してトレーニングしていた。

いろいろと試してみて、プロボードにはいくつか機能があると感じました。一つは、カラダの偏りをチェックすることができること。二つめは、カラダの左右の筋力のバランスを整えられること。そして三つめは、カラダのバランスをリセットさせることです。
使い方としては、まずはふつうに乗ってみる。バランスをとろうとするときに、普段あまり使っていない筋肉を使っているなという感覚がありますね。乗ることに慣れてくるとボード上で静止できる時間が長くなりますが、この状態では足の筋力のバランスがとれているような感じがします。

プロボードに腕を乗せた腕立て伏せもよくやる使い方です。地面に手をついた通常の腕立て伏せですと、おそらくパワーの強い利き腕により大きな負荷がかかっているはず。それを続けてしまえば利き腕ばかりが鍛えられてしまい左右の筋力の偏りやクセがむしろ大きくなってしまいます。それに対してプロボード上では、左右に均等な力がかからなければ腕立てにならないため、自分のカラダの偏りを知ることができ、それを修正しながら左右の筋力を均等に使って鍛えることができます。クセや偏りのない身体、バランスがリセットされた身体になっていくわけです。

空手の正拳突きやムエタイのキックが、ただひたすら打ちつづけ蹴りつづけるという訓練のなかで、カラダが疲労しきった状態でこそムダが削ぎ落とされてその人に合った軌道で打ったり蹴ったりできるようになる、ということがありますよね。ムダな力みがあるうちは、いい正拳突きもキックもできないんです。力みから開放された身体にするという考え方や、カラダの連動性に着目することなど、まるみつのプロボードの思想は私にはとても理解しやすい、馴染みのあるものでした。 いいトレーニングを続けて、70歳になっても数千キロの道のりを歩けるようでありたいです。

2020.12.25

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